ラプンツェルの原作が都市伝説のようで怖いと話題に?ネタバレしつつも考察してみる!

世界で愛されるディズニー映画。

とくにディズニープリンセスと呼ばれるお姫様が登場する作品はかなりの人気がありますよね。

ドラマチックで前向きな気持ちになれる作風はときに優しさや勇気を私たちに与えてくれます。しかし、原作となった小説が必ずしもそうだとは限りません。

今回は怖い!と噂される人気作『塔の上のラプンツェル』の原作について、そのブラックな世界を紐解いていきたいと思います

これを読んだら原作とディズニー版を見比べ(読み比べ)たくなるかも……!

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ラプンツェルとは

まずは子供から大人まで楽しめるディズニー版『塔の上のラプンツェル』のあらすじからご紹介します。

外の世界を知らないプリンセスと泥棒の冒険とロマンスを描いた名作です

ある王国の王妃さまが、その身に赤ちゃんを宿しながら重い病にかかってしまいます。王妃さまと赤ちゃんを救うために国の兵士たちは、どこかに咲くというどんな病も治してしまう魔法の花を探し始めます。

一方すでに魔法の花を見つけていたゴーテルは、その花を隠して独り占めし、魔法の力で若さを保っていました。
しかし、ゴーテルのいない間に偶然兵士たちに花を見つけられてしまい、そのままお城に持っていかれてしまいます。

魔法の花を薬として飲んだ王妃さまはすっかり快復し、無事に王女を出産します。魔法の花は無くなりますが、その奇跡の力は王女であるラプンツェルの髪に宿りました

どうしても魔法の花の力を取り戻したいゴーテルは、ラプンツェルを森深くにある塔の中にさらってしまうのでした。

そして一切外に出ることを禁じ、18年もの間、塔に閉じ込めて生活させます。

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Feliz con mi papel en #Rapunzel #Teatro #Gothel #villana

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ラプンツェルはゴーテルを母と信じ、自らが王女であることなど知らずに好奇心旺盛な少女へと成長します。

美しく、そして長い魔法の髪を持つラプンツェルは、塔にその髪を垂らしゴーテルはそれを梯子にして塔を出入りしていました。

外の世界は危険と教わったラプンツェルでしたが、毎年自分の誕生に空に放たれる無数の灯篭がどうしても気になり、直接その目で見たいと考えるようになります。

そんな矢先に偶然塔にやってきた泥棒フリンと出会い、灯篭を見るための冒険へと共に旅立つことになります。

紆余曲折を経て、ラプンツェルは自身の出生を知り、フリンと惹かれあっていきます。

ゴーテルは2人を追い、狡猾な罠を仕掛けてフリンをナイフで刺し、瀕死の重傷を負わせます。

ラプンツェルは、フリンを救うため「これまでのようにゴーテルと生活を続ける代わりにフリンを治療させてほしい」と懇願します。しかし、それではラプンツェルが救われないと思ったフリンは、ラプンツェルの魔法の髪を短く切り、魔法の力を失わせたのでした。

魔法の力で若さを保っていたゴーテルは、みるみるうち老いていき灰となって消えてしまいます。

フリンもまた怪我のせいでその場で息絶えてしまいますが、ラプンツェルの涙がフリンを蘇らせ、最後にふたりはお城で幸せに暮らすというエンディングを迎えます。

悪役であるゴーテルは倒され、特別な出生と力を持つラプンツェルはお城に戻り、泥棒だったフリンは本来の誠実さを取り戻す。夢と愛に満ちた展開ですね。

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原作との違い

「ラプンツェル」のお話の最初の原作と言われているのが、イタリアの民話です。

そこから国をまたぎ、時間を経て、「グリム童話」のひとつとして広く知られるようになりました。

「本当は怖いグリム童話」なんて言われるように、ラプンツェルもまたダークな設定や展開があります。

この記事ではこれ以降、グリム童話版を「原作」と表現させていただきます。
では原作とディズニー版の違いについて比べてみましょう!

ラプンツェルの出生と物語の始まり

実はラプンツェルの出生からして原作は違います。

ごく普通の家庭の生まれで、王女ではありません。

長年子供を切望していた夫婦は、やっとのことで娘を授かります。

ある日、妻が窓から近所を眺めていると、青々としたラプンツェル(サラダ用の野菜の一種)の苗床を見つけます。

どうしてもそのラプンツェルが食べたくてたまらなくなった妻は食べたさのあまりにおかしくなってしまいます。

ここの時点でディズニー版とは大きく違いますね。とはいえ、妻の食欲さえ横においておけば、特別”怖い”と感じるような点はまだないですね。

妻とおなかにいる娘に何かあってはいけないと考えた夫は、そのラプンツェルを採ってくることにします。

しかしそのラプンツェルは恐ろしいと噂されている魔女(妖精とも)が育てていたものでした

魔女にばれないようにこっそりとラプンツェルを採り、サラダにして妻に食べさせたところ、妻は大変喜び、その味が忘れられずにまたおかしくなってしまいます。

再び魔女の家へ忍び込んだ夫でしたが、不幸にも魔女に見つかってしまいます。

夫が事情を説明すると、魔女はラプンツェルの代わりに「大切に育てるから」と夫婦の子供を要求します。

その後、妻が子供を出産すると魔女が現れて、産まれた娘に「ラプンツェル」と名付けて連れ去ってしまいました。

原作では魔法の花は存在せず、ラプンツェルと引き換えに娘を奪われるという展開になっています。

ディズニー版では、ラプンツェルの両親に非はなく、原作の魔女にあたるゴーテルがエゴイスティックな悪役として描かれていました。

原作の、人のものに手を出す夫婦も良くないですし、大事なものを交換条件にしてくる魔女もなかなかの悪いやつですよね。

娘の名前が、事の発端になったラプンツェルに由来しているあたりが皮肉ですね。

それにしてもなぜ妻はラプンツェルにこんなにもこだわったのでしょうか。どうやらラプンツェルとは、ノヂシャなどの複数の野菜をまとめて指すそうで、妊婦が食べるのに良いとされている植物だとか。

身体によいものだから妻が欲したのか、それとも魔女の魔法のような力が働いたのか……想像が膨らみますね。

ラプンツェルと王子と魔女

魔女がラプンツェルをさらい、塔の中に閉じ込める展開は原作もディズニー版も同じです。

ディズニー版では、ラプンツェルの魔法の髪に力で自分の若さを保つという、自己中心的ながらも塔に閉じ込めておく理由が明確でした。

もしラプンツェルが王女だとばれてお城に戻されたり、怪我や事故などで命を落とすようなことがあっては、魔法の力が必要なゴーテルにとっては致命的ですからね。

しかし原作では魔女の思惑はさして描写されず、ただ閉じ込められてそれでいて大切に育てられます。
塔に出入り口は、頂上にある小さな窓だけ。ラプンツェルの長い髪を梯子にして魔女だけが塔を出入りしています。

ある日、ラプンツェルが塔の中で歌っていると、偶然近くを通りかかった王子がその歌声に魅了されます。

それから毎日ラプンツェルの歌声を聞くために塔へ足を運ぶ王子でしたが、魔女が彼女の髪を使って塔を出入りしているのを目撃します。

王子は魔女の留守を狙ってラプンツェルに声をかけ、長い髪を下ろさせて塔に登ります。ふたりはそこで惹かれあい、それ以降逢瀬を重ねます。

ディズニー版では恋の相手が泥棒でしたが、原作では正真正銘の王子です。ラプンツェルと相手の立場がそれぞれ正反対になっていますね。

ラプンツェルは塔の外に出ることはなく、あくまでも囚われの身のままです。

本格的に怖いのがこの後です。

それぞれの結末

そんなラプンツェルと王子の関係がひょんなことから魔女にばれてしまいます。

ばれてしまう理由は原作でも初版か改訂版かで異なり、初版ではラプンツェルの「急に洋服がきつくなった(妊娠の暗喩)」というセリフ。

改訂版では魔女がラプンツェルの髪を梯子代わりに塔を登る際に「王子様はもっと早く登れるのに」と口を滑らしてしまうことから。

初版のほうはなかなか大人向けでびっくりですよね。

王子との逢瀬を知った魔女は「騙された!」と激昂し、ラプンツェルの髪を切り落として荒野の真ん中に置き去りにしてしまいます。

のちに王子が塔を登ると当然ラプンツェルの姿はなく、魔女から事実を知らされ高い塔の上からその身を投げます。

幸いにも命は助かりますが、落下した際に薔薇のトゲが両目に刺さり、失明してしまいます。

王子は目が見えない状態で、数年もの間さまよい歩き、荒野に行きつきます。

そこでひとり失意の中で子供を出産していたラプンツェルと再会し、ラプンツェルの涙で王子の視力が戻ります。

王子はラプンツェルと子供を連れてお城に戻り、ハッピーエンドを迎えます。

ディズニー版では、ラプンツェルが外の世界に出てしまい、魔法の力を目的にゴーテルがそれを追いかけるという展開です。

原作ではラプンツェルには魔法の力もありませんし、勝手に外の世界に行ってしまうこともありません。

事実を知った魔女がラプンツェルを追放するという話の流れになっており、ディズニー版とは異なる展開になっています。

一方で魔女およびゴーテルも迎える結末は違いますね。
原作ではラプンツェルを追放したのちに物語には登場しないので、最後どうなったのかはわからないままです。

もしかしたら、ラプンツェルを失い悲しみに暮れているのかもしれませんし、次のラプンツェルになる存在を探してるのかもしれません。

そして最も衝撃的なのが、王子の飛び降りでしょうか。

ディズニー版ではゴーテルの騙し討ちによる怪我を負いますが、原作ではショックのあまり自ら塔から飛び降りてしまいます。それだけでなく、失明してしまうというのがなんとも怖いですよね

その後数年間もラプンツェルと王子はひとりで過ごすのも悲惨ですね。おそらくふたりとも「愛する人にもう二度と会えない」と思っているわけですから。

最後はラプンツェルの涙で王子が快復し結ばれるという点は共通しています。

ハッピーエンドに違いはないですが、やはり原作はそこに至るまでの展開や描写が非常にブラックで皮肉めいていますよね。

より原作に忠実な描かれ方をしている映画として『イントゥ・ザ・ウッズ』があります。

同名のミュージカルを元にした作品で、シンデレラや赤ずきんなどの様々なおとぎ話の主人公たちが入り乱れて展開していくほんのりダークなミュージカル映画です。

この『イントゥ・ザ・ウッズ』にラプンツェルと王子、および魔女にあたる存在が登場します。

登場場面は少ないですが、原作の流れを汲んだ描写が実写で見られるので気になった方は観てみると面白いかもしれません。

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原作との違い、原作の怖いポイントまとめ

ラプンツェル
ディズニー版→一国の王女。魔法の力を持つためにゴーテルにさらわれてしまうが、自らの意思で外の世界に旅立つ。

原作→庶民の娘。両親と魔女の約束のせいでつれさられてしまう。自身と交換条件のラプンツェル(野菜)にちなんで魔女に命名される。王子との関係がばれると、荒野に放置されてしまう。

魔女・ゴーテル
ディズニー版→ラプンツェルのことは愛していないが、魔法の力を目当てに傍に置いておきたがる。最後は魔法の効力を失い死亡する。

原作→夫婦の子供にラプンツェルと名付け、連れ去る。ラプンツェルを閉じ込め育てていた理由は不明だが大切に思っていた様子もある。最後にはラプンツェルを荒野に追放する。

王子・フリン
ディズニー版→泥棒。偶然塔でラプンツェルと出会い、外の世界の案内役になるが次第に彼女と惹かれあう。ゴーテルによって瀕死の重傷を負う。本名ユージーン。

原作→王子。偶然ラプンツェルの歌声を聞き、好きになる。彼女に会うために何度も塔にやってくる。ショックから身を投げ、失明してしまう。

ラプンツェルの両親
ディズニー版→何もわからないままゴーテルにラプンツェルを奪われてしまう。毎年ラプンツェルの誕生日灯篭を空に放つなど、ラプンツェルを愛し無事に戻ることを祈っている。

原作→魔女に交換条件を突き付けられ、結果的に娘を手放してしまう。

こうして比べてみると、原作のほうが情け容赦ない物語で、ところどころに不可解な展開もありますよね。

魔女がラプンツェルに対して愛情めいたものを抱いていた様子もあり、”母親になりたかった女性”と受け取ることもでき、どこか切なさややるせなさを覚えます。

こうした古くから伝わる物語には何かしらの”教え”が隠されていたりしますが、ラプンツェルはなぜこんな物語になっているのでしょうか……。

正解はわかりませんが、グリム童話以前の民話の時点では、キーになる野菜がラプンツェルではなくパセリだったと言います。

パセリはラプンツェルと真逆で、妊娠の身にはよくないと言われているそう(日常生活で普通に摂取する分には全く影響ないそうですが)で、妊婦がパセリを必要以上に摂らないように「パセリをたべたら子供を奪われてしまう」という物語が作られたのかもしれませんね。

あるいは”教え”などがあるのではなく、恐ろしい魔女が子供さらうといううわさ話が、恐怖を楽しむ意味合いで都市伝説的に広まっていったのかもしれません

ディズニー映画『塔の上のラプンツェル』と、その原作は結末こそ似ていますが、その過程が大きく異なる物語です。

ディズニー版には夢や希望があふれ、原作のほうは王子の失明などダークでシビアな展開が目立ち、それぞれ毛色の違う魅力を持っていますよね。

これを機に原作を手に取ってみたり、あるいは原作の怖さを知ったうえで『塔の上のラプンツェル』を観ることで、より映画の世界へ引き込まれ、新たな魅力に気づけるかもしれませんね!

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