ブリッジオブスパイのネタバレ考察と海外評価まとめ!実話で実際アベルはどうなった?

今回は『ジュラシック・パーク』、『シンドラーのリスト』など数々の大ヒット映画を生み出した、あの大物監督『スティーブン・スピルバーク』『トム・ハンクス』とタッグを組んだ作品、『ブリッジ・オブ・スパイ』のネタバレ考察、海外評価等追っていきたいと思います!

これまで多くの作品で監督と組んできたトム・ハンクスが正義を貫く弁護士を熱演する実話に基づいた感動ストーリー。

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『ブリッジ・オブ・スパイ』のネタバレ考察

どんなストーリーなの?

~ネタバレ注意!!~

時は東西冷戦下の1957年、このときアメリカとソ連は、お互いが持つ核爆弾の情報が戦争の勝利を導くカギとなっていた。
ある日、ソ連側のスパイ容疑でFBIに身柄を拘束されたアベルの弁護をするようアメリカ政府から依頼を受け、引き受けることになったジェームズ。

アベルとの面会を続けるうちに二人は少しずつ心を通わせ、彼の人柄を知るにつれてアベルのことを信頼するようになったジェームズ。
アベルは正確にはソ連国国籍ではないが、スパイというだけでアメリカ国民から怒りを買う。それはジェームズも同じだった。

証拠はなかなかそろわず、そのまま初公判へ。判事は「あくまで裁判は形式的なものでしかない。敵国のスパイなど死刑で当然のことだ」と聞く耳を持とうとしない。
そこでジェームズは「彼を生かしておくことで、ソ連との交渉の際に切り札として利用できる」と説得し、アベルは死刑を免れて懲役30年となり身柄を刑務所に収監することに成功する。

そして5年後、アメリカがソ連へと送りこんだ偵察機が撃墜され、アメリカ軍パイロットのフランシスがスパイとしてソ連に捕らえられてしまう。
捕まったフランシスはアメリカの軍事機密を話すよう厳しい尋問を受け続ける。
そこでジェームズは、彼が弁護したアベルとソ連に捕らえられたフランシスを交換するよう交渉した。

交渉を始めた矢先、ベルリンの壁が築かれるときに東ベルリンから恋人を連れ出そうとして失敗した、留学していたアメリカ人学生のフレデリックが東ドイツ側でスパイ容疑で捕まってしまう。
そのことを知ったジェームズは、アベルとフランシスとの交換ではなくフレデリックを含めた3人での交換の道を探るために東ドイツまで足を伸ばす。

そこで何とか交渉を成立させ、無事に両国のスパイの引き渡しを行う。
ジェームズとフランシスを乗せた帰りの飛行機の中で、ジェームズはアベルからの贈り物を受け取る。
それは自分の肖像画だった。
交渉を終えてアメリカに戻ったジェームズは、人質を解放したと皆から賞賛され、無事に家族との再会を果たす。

今回の見どころは?

最近のスパイ映画は激しいアクション、CGも取り入れられ銃を乱射するなど、内容に深みがなくても成立してしまう作品も少なくない。
この作品は何といっても実話に基づいた話、という点だ。見ていて考えさせられるシーンが多い。

当時のソ連とアメリカの難しい状況下の元、敵国のスパイの弁護を任されるという壮絶なミッション。
自分の発する一言、交渉、行動、全てにおいて人の命がかかっているという重圧感。

誠実に着実に任務を実行していくトム・ハンクス演じる弁護士、『ジェームズ・ドノヴァン』には目が離せない。

海外からの評価は?

『ブリッジ・オブ・スパイ』は2015年『スティーブン・スピルバーク』監督による、アメリカの歴史・ドラマ・スパイ映画である。
実話から生まれた作品と話題になり、翌年2016年には北米で7220万ドル、その他の国でも9220万ドル稼いだとされる。
また2015年~2017年までの間に、数々の賞も受賞。
2016年にはそのうちの一つ、アカデミー賞にノミネート。

『ダニエル・デイ=ルイスがオスカー主演男優賞を受賞した「リンカーン」に引き続き実在のヒーローを描いた物語となりましたが、彼の描くヒーローたちには、文面で見る功績以上に人間としての優しさ、温かみが感じられます。
そこにこそ、スピルバーグが今でもトップを走り続けられる理由が見えてくるのだと思うのです。

作品の内容も素晴らしいが、実話をよりリアルに再現、当時の主要人物の心情をこんなにも表現できるのは、やはりスティーブン・スピルバークの実力と言えるでしょう。

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実話でアベルはどうなったのか?

ルドルフ・アベルの本名は『ウィリアム・フィッシャー』。

1903年イギリスで生まれる。
彼はロシア人政治難民の家庭だったため、1920年に一家でモスクワに戻る。
その後、コミンテルン国際連絡課で通訳として働き、1924年モスクワ軍の電信連隊に配属され、その後空軍科学研究所に移る。
『ウィリアム・フィッシャー』から、彼の偽名となる『ルドルフ・アベル』と出会うのは、1941年ドイツ軍の占領地に派遣された諜報員のための無線手を養成する仕事に就いた時だった。
帰国し車に乗せられる際、彼は自分の扱いがどうなるかを

「抱きしめられるか、もしくは何も言われず後部座席に座らされるかで今後の自分の扱いが分かる」

と言って後部座席に座らされたが、
帰国後は、諜報部に復帰し諜報員の教育にあたった。
その後静かな余生を過ごし1971年11月15日に死去、69歳まで生きた。

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まとめ

情にあふれる『ジェームズ・ドノヴァン』の人柄、優しさを徹底して描いたスピルバーク監督の演出には感動の連続です。
またその役を演じている『トム・ハンクス』のやりすぎない絶妙な演技力も合わさり、観ている観客はジェームズに共感せざるを得ないでしょう。

実話ということもあり、当時の時代背景、歴史も連想しながら観るのもより一層楽しめる作品だと思います。

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